言い訳いっぱい
義母の粒子様の謝り方は、全然変わっていなかった。言い訳から入る。本当に、謝って欲しいときは、言い訳などいらない。それより本当に悪かったすまなかったという心を素直に見せてほしかった。そういう態度をされて、しょうがない、お互いさまの部分もあるし、これからの付き合いもあるし許したほうがいいと言う気分になると思う。
けれど、粒子様の謝り方は、ひどく苦々しい気分のままで終わる。粒子様の謝りかたを見ていると、
「私は悪くないのよ、何とか怒るのをやめて」という感じがしてならないのだ。
ほとんどの場合、「ごめんなさい」は言わない。言い訳をぐだぐだ並べる。「これがこうなったから」「こういうせいで」と言い続ける。ひどいときは10分以上言い続ける。最後の最後まで、「ごめんなさい」「すみません」は出てこない。誠意が感じられない。
言い訳されるより、「ごめんなさい」と素直に謝ってもらった方が、とてもさっぱりした気分でこれからも付き合えると思うのだけれど、一度だってそういうことはなかった。
そういう粒子様の謝りかたでも、鳩賀家の人たちは、面倒になるのを嫌って、許すというより「しょうがないな、これ以上揉めても」と思うらしく、それで終わるようだ。そういう人たちに囲まれていたせいで、そんな謝罪のしかたで今まで過ごしてきたのかもしれない。
けれど、私はそんな謝罪をされても、開き直られているようにしか感じない。その失敗を踏まえて、次はやらないように気をつけてもらわないと納得できないところがある。反省してから次に失敗しないようにしないと、私の実家ではひどく叱られてしまう。そういう環境で育った私にとって、何度でも同じ失敗を繰り返し、反省もしない粒子様の性格がどうしても受け入れられない。
このまま、私の性格や考え方を変えるのは難しい。かといって、粒子様とうまくやっていくことは今の私にはできないし、やりたくない。粒子様とこれ以上、関わりを持ちたくないと思うほどまで、私の気持ちは離れてしまっている。
粒子様の性格が変わることもないだろう。だから、このままこれまで以上に距離を置いて付き合ってしくしかない。
粒子様は、こういう私の気持ちは一切理解はできないだろう。粒子様は主観的にしか物事を判断できないところがあるからだ。だから、今まで迷惑を掛けたことも忘れて、
「私は一人暮らしで、この年で大変なのに手伝ってくれないなんて、なんて冷たい人なのだろう」としか考えていないと思う。
けれど、粒子様の謝り方は、ひどく苦々しい気分のままで終わる。粒子様の謝りかたを見ていると、
「私は悪くないのよ、何とか怒るのをやめて」という感じがしてならないのだ。
ほとんどの場合、「ごめんなさい」は言わない。言い訳をぐだぐだ並べる。「これがこうなったから」「こういうせいで」と言い続ける。ひどいときは10分以上言い続ける。最後の最後まで、「ごめんなさい」「すみません」は出てこない。誠意が感じられない。
言い訳されるより、「ごめんなさい」と素直に謝ってもらった方が、とてもさっぱりした気分でこれからも付き合えると思うのだけれど、一度だってそういうことはなかった。
そういう粒子様の謝りかたでも、鳩賀家の人たちは、面倒になるのを嫌って、許すというより「しょうがないな、これ以上揉めても」と思うらしく、それで終わるようだ。そういう人たちに囲まれていたせいで、そんな謝罪のしかたで今まで過ごしてきたのかもしれない。
けれど、私はそんな謝罪をされても、開き直られているようにしか感じない。その失敗を踏まえて、次はやらないように気をつけてもらわないと納得できないところがある。反省してから次に失敗しないようにしないと、私の実家ではひどく叱られてしまう。そういう環境で育った私にとって、何度でも同じ失敗を繰り返し、反省もしない粒子様の性格がどうしても受け入れられない。
このまま、私の性格や考え方を変えるのは難しい。かといって、粒子様とうまくやっていくことは今の私にはできないし、やりたくない。粒子様とこれ以上、関わりを持ちたくないと思うほどまで、私の気持ちは離れてしまっている。
粒子様の性格が変わることもないだろう。だから、このままこれまで以上に距離を置いて付き合ってしくしかない。
粒子様は、こういう私の気持ちは一切理解はできないだろう。粒子様は主観的にしか物事を判断できないところがあるからだ。だから、今まで迷惑を掛けたことも忘れて、
「私は一人暮らしで、この年で大変なのに手伝ってくれないなんて、なんて冷たい人なのだろう」としか考えていないと思う。


